秋セメレビュー

僕は英語が出来ないシリーズの更新をしていないがとりあえず忘れないうちにメモ。

見返す用。就活用。どたばたした文章。

 

秋セメが先日の試験ですべて終了した。

自分的には不完全燃焼。

 

ここ10日間缶詰になってみて思ったことは、「あ、普段全然勉強してなかったんや、俺。」

 

 日本にいたときと比べると圧倒的に机に向かう時間は増えたし、英語も上達して来たからたしかに旅行とかは行きまくってるけど勉強するようになったな〜俺なんて思ってたが気のせい。授業出席してノートとって論文読んで理解して記憶したと思ってたが気のせい。勉強面での充実は気のせい。

そんな原因は自分のせいorz

 

 以下秋セメで新しく得た気づき、それに気づいたときの自分の行動、それを踏まえた上で春セメでとるべき行動の順で列挙。

 

 

納得に価値なし

 

 英語ネイティブプロセス:インプット(英語)→納得→記憶→アウトプット(英語)@試験

俺がセメ中やっていたプロセス:インプット(英語)→納得≠理解→アウトプット@試験

試験期間中やっていたプロセス:インプット→理解→アウトプット(英語&日本語)→記憶→アウトプット(英語)@試験

春セメでやるべきプロセス:インプット→理解→アウトプット(日本語)→記憶→アウトプット(英語)@試験

 

※ジャパン大学でのプロセス:インプット→納得→記憶→アウトプット(日本語)@試験

 

これが結論↑ 

 

 セメ中はまず読んでアウトプットもなし、理解する前に納得して終了してた。

と書いたところで理解と納得の違いについて気になったので以下に考え方の一例を。包含関係については両方の見方があるようだけど、俺が使ったニュアンスは上の方。

 

1+1=2である、という解答を見て「そうなんだ」と把握した状態が”納得”。
その上で、その事実の把握だけで終わることなく、「なぜそうなるのか」というところまで考えて自分なりの答えを導き出すのが”理解”。 

 

意見が対立する二人が会話をしていて、相手の言い分を受け入れることが"理解"。
その上で自分なりに折り合いをつけて妥協点を見つけ、「これでok」と思えることが”納得” 。

 

 ここでは、インプット→納得というプロセスは、→アウトプット(最終目的地ではないもの)があることで初めてインプット→理解→アウトプット(納得が理解に変換)というプロセスになるよって言いたかった。アウトプットを試験前に一回しておくのは大切ってのを言いたかった。

 

 

 次にセメ中にやっていたプロセスから始め、どうして春セメでやるべきプロセスを導き出したか書く。目的は、同等の能力を持つ英語ネイティブにアウトプット面で並ぶこととする。

 

Now:インプット(英語)→納得≠理解→アウトプット@試験

ジャパン大学でのプロセス:インプット→納得→記憶→アウトプット(日本語)@試験

 

 まず今の時点では、日本にいたときと比較しても記憶というステップが足りていない。もちろん覚えていないのに試験ができるわけがないので、記憶というステップを足す。なぜ記憶というステップを行なっていなかったかということだが、ひとえにインプットが英語であることによる。インプットが英語なので納得するだけでも無限の時間がかかり、与えられた数をこなすために納得して次、納得して次、の繰り返しだった。このことから、記憶というステップを足すことによって莫大な時間がさらに必要となる。

 

Now:インプット(英語)→納得→記憶→アウトプット@試験

ネイティブプロセス:インプット→納得→記憶→アウトプット(英語)@試験

 

 次に、英語ネイティブとのプロセスとの比較する。全く同じ。英語の能力が異なるのに同じことをやっていたのではもちろんアウトプットが同じになるわけはなく(爆発的な時間をかければ可能)、それは納得記憶の両方のステップで明らかに劣ることによるため。よってここ改善必要アリ。ここを強化する方法として、納得を理解に変えるというものがある。自分が日本にいたときもそうだが、理解しなくても納得して表層を掴んでいるだけで大抵の試験は乗り越えられる。だが英語になると記憶していられる量・時間が極端に短くなるので、それをカバーするために納得を理解に変換することで記憶持続時間を伸ばす。これは先述したように試験の前にアウトプットを一度行なっていくことによって達成される。当てはめ可能な位置は記憶ステップの前後の2パターンあるが、納得しそれを一旦文字起こしして理解してから記憶する方が明らかに有効だと考える。

このアウトプットステップ(途中)の挿入によりさらに必要時間は増加する。

 

Now:インプット(英語)→理解→アウトプット→記憶→アウトプット(英語)

 試験期間中やっていたプロセス:インプット→理解→アウトプット(英語&日本語)→記憶→アウトプット(英語)@試験

 

 ではそのアウトプットプロセスは何語でやるのがよいのか。英語でやれば最終アウトプットは英語なのでそこに直結する。日本語でやれば理解の深さ&記憶時間の短縮が可能。どちらがいいのか。

 今セメの試験期間中、途中のアウトプットとして授業スライドと論文をまとめたまとめノートてきなのを作っていたのだが、英語と日本語を混在させた状態であった。混在させたことによる不利益はあまりなかったが、分かったことが三つ。

・英語でのアウトプットは途中から最初のインプットの写経になってしまう

・後から見返した時に理解&記憶がしにくい

・日本語でまとめノートを作ることによる最終アウトプット不利益はほぼない

 英語でインプットされたものを日本語に要約しなおすことによって、そこに"自分で考える"という行為が必要になる。これは理解促進。ウェイ。専門用語とかググるときにどの和訳が適切でどの定義が一番論文に近いかとかを考えなければいけないので。

 実際試験本番では日本語で理解したものを英語にし直さなければいけない訳だけど、そもそも理解したものが狭かったり浅かったりしたらどれだけ英語で覚えていてもアウトプットの質は下がるから、アウトプットを日本語or英語どちらでやるか選ばなきゃいけない状況では日本語が得策。アウトプット日本語の後アウトプット英語が出来ればベストアウトプットになるのかもしれないが、コスパが悪いと思った。

 

 そうして見事

 

春セメでやるべきプロセス:インプット→理解→アウトプット(日本語)→記憶→アウトプット(英語)@試験 

 

 が導き出された。良かった。だけどこれによって今セメより膨大な時間が必要。嫌だ。文章はめちゃめちゃだけど自分の整理になったのでよし。もちろん日々継続してやることが大前提。

 

要約:

自分の英語力と母語である日本語力が当然等しいわけはないので、英語でのインプットに対し日本語での場合と同じ方法を取っていたのではだめ。日本語のときと同質の成果を出すためには、まず当たり前だが自分の英語力と日本語力の差を認識し、そのうえでただ注力時間を増やすだけではなく、その状況に対応した新たなプロセス構築が必要。

 

 

次の気づき。

 

自分自身の客観的評価に価値あり

 

 これはグループワークでの話。自分の英語力は自分の日本語力だけではなく、他の学生の英語力にもかなり劣っていた、いわば底辺。なんてことは分かっていたので、どう生き残っていくのがベストかについて。

 

 当然グループワークなので、各々役割というものが必要になる。それこそフリーライダーなんかがいると、授業内グループワークのような少人数作業では特に最終成果物の質が下がってしまう。

 

 すなわち俺ピンチ。新戦略提案が課題であったので、もちろんグループ作業におけるディスカッションの占める割合は非常に大きい。そしてそのディスカッションは英語で行われるので、英語ができることは大前提となる。どうしたものか。

 

 そんなの俺が英語できないのが悪いやん、と俺も思う。そう、元をたどればこの現世三千世界への爆誕から数々の受験戦争を経て安寧の大学院時代に辿り着くまで英語を避け続けたことによる、身からでた錆び状態なのである。でもこうもよく言われる。過去を後悔することは必要なことだが、そこから新たな学びとして何を得たのか考えなくてはそれは価値にならない。的な。なので俺はこのまわりに比べて圧倒的に英語ができないこの状況を猛省し大後悔時代に入りつつも、同時に学びとする。こととする。これ就活用。

 

 では何を学んだか。それは、「自分が劣っている状況においては、自分はまわりに比べ何が優っているか把握すること超大事。」これにつきる。いち早くそれを把握することができれば、たとえばグループワーク中でも、自分の役割がはっきりしているので他のことに余計なリソースを割かずにすむ。でもその把握って初対面では難しいだろ。俺もそう思う。何が劣っているかは一瞬でわかるが、何が優っているかはよく分からない。なので勝負は2回目の集まりのとき。大体1回目の話し合いは均等にタスクが分散されて皆同じくらいの負荷になる。そして2回目の話し合いのときにそれを共有となるので、そのとき皆で共有する宿題の出来をジャッジする。俺の場合はスライドデザインだった。そして実はこのポジション、俺にとっては役得しかなかった。以下メリット。

 

  1. スライドデザインという優ポイントを発見したことで、俺にも役割ができた。
  2. スライド作成者は論理飛躍/破綻しないように皆の意見を統合しなくてはいけない。つまり、アイデアの導入から結論、細かい部分までの把握が必要になるので、もしディスカッション中についていけなくなったとしても、後から追いつくことができる。狭い役割に特化していると、まぁ今回よく分からんかったけど自分のやること分かってるしまぁいいやとなりがちだが、そうはいかない。やるしかないという状況に追い込まれる。ちょっと消極的役得だが。笑
  3. 毎回持っていく現時点までの進捗スライドに、自分の意見を入れておける。これによって、たとえディスカッション中にうまく入り込み自分の意見を伝えられなくても、次の集まりで共有することができる。また次で話し合うテーマについてのスライドも作っておき、そこに自分の意見を入れておけば、次のディスカッションでのたたき台になる。

 

 3.が一番具体的な効果としてよく現れてたかなと。俺のグループだけかもしれないけど、皆ディスカッションに向けた事前準備はあまりしてこないから、ディスカッション始まってもまず「どうする?誰かなんか意見ある?ちょっと待って今から考える。」という状況に陥りがち。でももし叩き台となるベースアイデアがあれば、まずそれを精査するとこから始まり、批判、そして改善とやることが明確化される。時として自分の持って行ったたたき台が跡形もなく消える時さえあれど、全体最適。しかも意見あるけど言い出せなかった...とならない。

 

 これが「自分が総合力で明らかに周りに劣っている状況(表現曖昧)においては、自分の何が優っているか把握すること超大事。」を実践したことによる具体的効果。プラスで加えることとしては、周りに優っていることをやりながらも出来るだけその中で劣っていることを克服しようとする姿勢が大切かと。俺の場合はスライド組み立てながら自分のアイデア盛り込んでたたき台にしてもらったとこかな。

 

 ではこれは果たして自分が劣っている状況だけなのか?日本でも結構グループワークしてたけど、これって包括的に使えるんじゃないかなと思う。たとえ自分がリーダーポジションをやってた場合でも、もちろんオールラウンダーではないわけなのでそこを得意な人に仕事を振るとか。でもリーダーポジの時は自分と他者の比較だけじゃなくて、他者と他者の比較も必要だと思うけど。タスク分担のために。

 

 あとは次の話し合いの前に、話し合う必要がないけど誰かが提出のために行わなければならないタスクもすでにやっておいて、これ話し合う必要ないけど一応確認してほしいみたいなこともやってたの思い出した。これも使えそう。予見力、一歩先を見て今何をすべきでそのうち何が自分ができることなのか判断すること。

 

要約:

グループワークで特に自分が劣っているなと感じた場合、自分の何が優っているかをいち早く把握し、そしてその優りポイントでどう劣りポイントをカバーするか考え実践することが超大事。これは思い返せばどんな状況でも必要。

予見力。

 

 

というわけでとりあえずぱっと思いつく大きなポイントはこれら。

他に思い出したら随時編集して追加。

試験でのアウトプットをあげるために次セメの授業をにどんな感じに受けたらいいかとか?

 

読み返してないけど今回は一貫性なさそう。

読んでくれた人はありがてえございました。